ライターから期待通りの原稿が届かなかったときに編集者が心がけるべき姿勢

ライターから期待通りの原稿が届かなかったときに編集者が心がけるべき姿勢

WEBメディアってやさしいっすよね…。

紙媒体の場合、こんなことしてたら時間がないので
「ひとつの方法として、ライターさんには原稿を戻さず、編集側で大きく手を加えて記事を仕上げてしまうというやり方もあります。たしかに、そのほうが効率的な場合があるのも事実です。」
という方法を取る場合も多いかと。

ライターさんが書いた文章とまったく違う文章が掲載されているにもかかわらず、原稿料はしっかりと払う。

これは編集部からの無言の圧力でもあるのです。

「今回は原稿料払うけど、いつまでもそのままだと思うなよ」

そうした圧力なわけですね。

そんなことを数回繰り返した後、使えないとなったら以降は仕事を発注しません。

自分の書いた文章と、編集部で手直しした文章を見比べて、何が違うのか。
編集の方向性はどういう方向なのか。
そういったことを理解してもらうためです。

で、それを感じ取れずに、何回も同じようなことを繰り返すライターさんには発注しません。
これは、そのライターが使い物にならないとかそういったことではなく、ただ単に編集部の編集方針とライターさんの書く文章がマッチングしないというだけの話です。

これは、ライターさんのためでもあるのです。
合わないところで記事を書くより、自分の魅力を充分に活かせるところで記事を書いたほうが、そのライターさんのためにもなります。

自分の文章と編集部の文章の何がどう違うのか、といったことすら読み取れないようでは、ライターとして先はないかもしれませんが、捨てる神あれば拾う神あり、どこかで自分の長所を活かせる現場があるかもしれないのです。

そんなとき「新人ライターをイチから育てるぜ!」なんていうくだらない方針のもと、ライターさんの将来に影響を与えるのは正直言ってマイナスです。

というわけで、個人的には上記ブログ記事に書いてあることは賛同できません。
この文章を書いている人がどれくらいメディアの、編集という業務に関わってきたのかは定かではありませんが、20年近く出版物の編集に携わってきた自分の意見としては、そんな感じです。

それを「育てる(教育してやる)」などという上から目線で接するから、おかしくなるのです。
中にはライターを罵倒するような編集者もいたりするんですね。
僕が10年ほど前にとある編プロにいたときは、ホントにひどかったです。
お局編集者が、ライターさんやカメラマンさんを怒鳴り散らして、人格攻撃までしてました。
40歳手前でなんとか結婚したと思ったら業界からの完全引退を宣言。

イチ編集者が「引退宣言」とかwww

とか笑っちゃいけません。
それでいったいどれほどのライターさん、カメラマンさんが救われたか。

それはさておき…。
これは個人的な感想ではあるのですが

1. ライターさんの成長を少しでもお手伝いしよう

どれだけ上から目線なのか。ビジネスにおいて、編集者とライターは対等な関係です。ライターさんの記事が使えないのは編集方針に合う合わないの問題であって、成長のお手伝いなんておこがましい。
結局このセリフってライターさんを下に見ているから出てくる言葉なんじゃないかなって思います。

2. ライターさんのことをもっと知ろう

ライターさんのことを知ったからといって、それでライターさんの文章が変わるわけではないでしょう?
もういちど言います。
編集とライターの関係は「合う合わない」というだけの対等な関係です。
編集者としては、ライターさんの個性や人間性などで採用・不採用を決めるなどあってはならないことです。
なので、ライターさんの個性や人間性を知るためにSNSを覗くなんてのは時間の無駄。
ただのストーカーじゃないですか、そんなの。

僕は仕事上の付き合いで「こないだ、ブログ拝見しました」とか「FACEBOOK見ました」とか、そういうことを言われると気持ち悪いと思うので、そうなのかもしれません。

3. ライターさんの魅力を記事に編み込もう

「編集が「さまざまな情報を編んで集める」という意味なのだとすれば、編集者としては、上記のステップで垣間見えたライターさんの人間的な魅力までも、しっかりと記事に編み込めるようになるべきではないかと私は思います。」

これに関しては、一部賛同できる部分もありますが、基本的にはNGかなと思ったりもします。

独特な文章を書くライターさんだったりする場合には、それを活かした編集というのも必要だと思います。

ただ…。

編集が「さまざまな情報を編んで集める」という意味なのだとすれば、編集者としてはある程度の規格にそってメディア全体の統一感を持たせなければいけません。
WEBと雑誌の決定的に違う部分はそこなのかな…とも考えています。

たとえば「アゴラ」のようなサイトであれば、執筆者が各々の個性を前面に押し出しても違和感がない。…というよりアゴラはそれを売りにしたサイトなのであって、果たしてオウンドメディアと言えるのかという見方もできます。

アゴラは「言論プラットフォーム」を謳ってますので、まあ、オウンドメディアではなくただのプラットフォームだということを理解して運営してはいるんでしょうけど、そのへんがごっちゃになってる自称メディアも多いので。

昨日、某雑誌の記事の入稿が終わりました。
僕は編集者兼デザイナーとして関わっていたのですが、ライターさんからあがってくる文章がかなりひどい。

でも、僕はライターさんを育てるなんて発想はまったくありません。
僕の編集方針には彼の文章が合わないだけだと思ってます。

「そんなことを数回繰り返した後、使えないとなったら以降は仕事を発注しません。」

なんて書きましたが、僕はもう発注しないかな…。
ぶっちゃけると、文章以前の問題なんですけどね。

世界的な賞を受賞した方に「たったの3年で!奇跡的ですね!」なんて、上から目線で暴言を吐ける方とは一緒にできないかな。