消えるのは都市か地方自治体か。

消滅可能性都市のウソ。消えるのは、地方ではなく「地方自治体」である

都市がいきなり消えるなんて事は無いでしょうが、機能を維持するエネルギー減がなくなっていったりあちこちにガタがきて、衰退していくのは目に見えているわけで。
人間に例えるなら「老化現象」とでも言いましょうか、とにかく都市は生き物なんだなーと改めて思う次第。

いろいろと町興し系の事業などに関わっていると、老化してゆく都市に税金という名のカンフル剤を入れて延命を図るのはどうなのかな…とは思っています。
人がいなくなっている都市(るいは商店街)は、その役目を終えていると言っても過言ではなく、そうであるならもっと別の方法(更地にして駐車場にするとか)はあるはずなんですが。

「つまりなくなるのは地方そのものではなく、今の単位のままの地方自治体であって…」

結局のところ自治体の単位というのは線引きされた区画なのであって、山河がある以上、自治体はカタチを変えて残りますね。
まあ、島が海中に沈んでしまった…とかいうのならアレなんですけど、線引きされた区画である以上、国土が消滅しない限り自治体はなくならないのですが、その単位が今のままでいいのか…という問題が浮上している、と。

自治体の単位でもある「村(ムラ)」というのは、本来「人の集まり」が一つの単位だったはず。
それを、地図上で線引きした事の方が問題なんじゃないかな…と思います。

自治体は「人の集まり」で分けて、人のいないところは国が管理するということなら、自治体は余計な部分を管理しなくて済むので小さな単位であっても充分やっていけるんじゃないのかな…。

面積だけは一人前だけど、人口がほとんどいないような自治体が数多くあるわけですが、そういう自治体ってそもそも自前の収入だけじゃ広大な地域を管理できないわけでしょう?
僕が自治体の長なら、金ばっかりかかって利益にならない土地は国に返還しちゃうかもしれませんね。

地方自治体が出来ることなんて、やっぱりたかがしれています。
ここはいっそ国に返還して有効な活用法を考えてもらった方が。

もちろん、国が有効な活用法を見つけて、それが軌道に乗ったら、またその地域を払い下げてもらいましょう。
国と地方の関係は、そういう関係の方が理想なのであり、なにから何まで自前でやるという発想が、時代遅れなのかも。

「従来のなんでも税金でやるという地方の考え方を改め、経済開発的なアプローチを徹底しなければ、もちないわけです。さらに居住・業務に関しても立地適正化を図って効率化をし、行政サービスも自治体単位で実行せずに複数の自治体が相乗りする共同行政サービスの組合や会社をもっと効率的に走らせて、少ない財源でもサービスを保持できる方策を考えるのが当然でしょう。」

行政サービスも自治体単位で実行せずにやるというのは大賛成です。
今度、那覇市の補助金で制作したARアプリをコザの町興しイベントで使うんですけど、こういうことがもっと合ってもいいように思います。

コザでイベントやることで、コザの人が那覇に足を運んでくれるかもしれないし、また逆もあるかもしれません。
同じコンテンツではありますが、見せ方によってはまったく別のイベントを打つことが出来ますし、双方の住民が双方の街を訪れるきっかけになるというのはいいことだと思います。
なにより、同じようなアプリ開発に自治体別に税金を使う必要がない。

振興会のアプリは、希望があればどこにでも貸し出す用意はありますし、どんどん使ってもらいたいです。

確かに開発費用は那覇市が出したのかもしれませんが、だからといって那覇市民だけしか利用できないモノであってはいけないと思います。
コザから那覇に働きに来ているような人もいたり、また逆もあるでしょう。

これだけ人が移動し、昼間と夜の人口構成も違っている現代社会において、地図上の線引きによる区画分けのような現在の自治体のありかたを見直す段階に来ているのかもしれませんね。

千葉、神奈川、埼玉から東京に働きに出ている人って、けっこういますよね。
かなり長い時間をその自治体(東京)で過ごして、仕事して貢献している(法人税は東京都の収入)にもかかわらず、東京でやる選挙には参加できない。

外国人参政権より先に、そこんところを議論してもいいんじゃないかな…と。

消えるのは都市か地方自治体か。

結局、「人」ベースで考えれば、それが都市だろうが自治体だろうがどうでもいいことですね。

「自治体(国)破れて山河あり」

の前に、

「人は城(国)、人は石垣(都道府県)、人は堀(市町村)」

かもね。